ゲーム脳()

暴力的ゲームは子どもに影響なし
ハーバード大心理学者が調査
文:Jeff Bakalar(CNET News.com)
翻訳校正:編集部
2008/05/13 15:37 CNET Japanより抜粋

  ハーバード大学の2人の研究者によると、暴力的なゲームを体験した子どもは日常世界でも暴力的な振る舞いをするということを示すデータは得られなかったという。これは、大衆の意見の形成につながっている多くの報道とは根本から対立するものだ。150万ドルの予算で2004年に開始したこの調査は、約1200人の子どもを相手に「Grand Theft Auto」などの暴力的なゲームと、「The Sims」などのそれほど暴力的ではないゲームを体験させ、その後の振る舞いを調べた。
  Lawrence Kutner氏とCheryl Olson氏の2人の心理学者は、暴力的なゲームをプレイすることはほとんどの子どもにとって、ストレス発散に過ぎないとの結論に達している。もちろん、暴力的なゲームを数時間プレイした後に遊び半分の攻撃性を見せた子どもも中にはいたが、武道アクション映画を観た後の子どもが見せる反応と同じレベルだった。
  Kutner氏とOlson氏を含め、心理学者の中には、ビデオゲームは脳にポジティブな影響を与えると主張する動きがある。 Steven Johnson氏 も、自著「Everything Bad is Good for You: How Today’s Popular Culture is Actually Making Us Smarter」(邦題:「ダメなものは、タメになる テレビやゲームは頭を良くしている」)の中で、この考え方を考察している。
  Kutner氏とOlson氏は、「 Grand Theft Childhood: The Surprising Truth About Violent Video Games 」という本に調査の結果をまとめている。

2005/06/01 13:30 更新 ITmediaより抜粋
東京大学大学院情報学環教授
馬場章氏インタビュー

馬場章氏
  東京大学大学院情報学環教授。専門はコンテンツ創造科学、歴史情報論、デジタルアーカイブ学。ゲームの面白さの解明を軸にシリアスゲーム研究を提唱するだけでなく、それを構造化したゲーム制作にも取り組む。現在、ゲームにつきまとうマイナスイメージの代表格としては「ネット中毒」や「ゲーム脳」といったものが挙がると思うが、こういった問題に対して同氏はどのように捉えているのだろうか?

アメリカでも曖昧なネット中毒の定義

ITmedia:ゲームが人格形成に使えるというのは分かったのですが、その反面でネット中毒などマイナス要素もあると思います。

馬場:それはもちろんそういう事例もあります。というか、なければおかしいんですよ。任侠映画で有名な深作欣二監督がいましたが、映画館で彼の映画を見ると、中には肩をいからせながら出てくる人がいる。これは視覚的な影響を受けているからなんです。映画というのは一方向ですが、受身に鑑賞するだけでもそういった影響がある。
  一方、ゲームというのは双方向的なものですよね?こちらから入力をして、向こうから何らかのリアクションが戻ってくる、そしてまたこちらから入力するというように、ゲームプレイは双方向です。一方向の映画ですら観客に影響があるのなら、双方向のゲームにもプレイヤーに影響があって当たり前なんです。

羽生名人もゲーム脳?

ITmedia:ネット中毒の可能性がある人はそんなに少ない、とは言え必ずしもいないわけではないんですね。ゲーム脳はどうでしょう。

馬場:ゲーム脳は日本でしか言われていないことです。外国でゲーム脳なんて言ったら笑われてしまいますよ。ゲーム脳という言葉を使った森先生(※日本大学文理学部・森昭雄教授)を一部のマスコミが無批判に取り上げて、人々を、とくにお父さんやお母さんたちを何となく不安にしてしまっている。
  ゲーム脳に関する学説は2つの点で間違っているんです。ひとつは「脳波の測定方法」。森先生は簡易的な脳波測定機を作り、大学生や学園祭に遊びに来た小学生の脳波を測ったようですが、脳波はそんなに簡単に測れるものじゃない。
  私は脳科学の専門ではありませんが、脳科学の専門家の研究室にいくと、それはもう仰々しくて、測定にもかなり習熟した技術が必要なんです。それを帽子みたいなものを被って……漫画じゃないんですから、そんな簡単に脳波は測れないですよ。
  もうひとつの間違いとしては、森先生が測定したという「脳波の解釈」が間違っている。ポイントは前頭前野に出てくるα波とβ波の測定で、α波とβ波の波形がだんだんと単純化していく、つまり脳が働かなくなる。これが痴呆症(認知症)の高齢者の脳の波形に似ているから危険だと言っています。しかし、これは嘘なんです。
  というのも、ゲームに慣れれば前頭前野の働きというのは不活性になる。つまり、ゲームに慣れてきたという証明にしかならない。慣れると前頭前野は働かなくなり、他の部分を使ってゲームをしていくようになるんです。
  将棋の羽生名人の脳波を、しっかりとした脳波測定機で測定したところ、羽生名人は将棋を指している時に前頭前野がほとんど働いていない。多分、違うところを動かしているんだと思いますが、そこがどこかは分かりません。脳の働きというのはそれぐらい複雑で、人類が解明しているのは脳全体の働きの3分の1くらいですから。ただ森先生の定義で言うと、羽生名人でさえゲーム脳になってしまうんでしょうね……。

  脳波の測定方法と脳波の解釈が間違っていると、半ば苦笑しながらも馬場氏は指摘する。確かにこの2つが間違っていては、根本的におかしいと言わざるをえないだろう

ITmedia:大抵の人には慣れた一連の動作というものがありますから、そこで前頭前野が働かない人はゲーム脳と言うのなら、羽生名人だけでなく、地球上にいるほとんどの人間がゲーム脳になってしまいそうですね。

馬場:さらに森先生は、ゲーム脳では痴呆症の高齢者と同じ波形になっていき、キレやすくなるとも言っています。しかし、痴呆症の高齢者ってキレやすいんですかね? そういった因果関係が私には理解できません。
  逆に痴呆症の高齢者は、ゲームをやったほうが脳の波形が活発になるという研究結果があります。高齢者にはゲームをやらせたほうが良くて、子どもにはやらせてはいけない。子どもがゲームをプレイするとゲーム脳になるんだけど、もうゲーム脳と同じ脳波だと言われている人にはゲームをやらせたほうが良い。これじゃ、全然理屈が通じてないですよね。
前編でも述べられているが、指先と脳(言葉を考える)の運動が行えるPSP版「もじぴったん」など、高齢者にも効果が高いと考えられるタイトルも多い。
  ただ、何となくゲームは良くないんじゃないかといった考えが一般の人々の中にあるので、ゲーム脳という言葉を言われると何となく不安になってしまう。
  どうして人々にはゲームに対する不安があるのか、という問題には、ゲームが登場して日が浅いからという理由を挙げることができると思います。テレビが登場した時もやっぱり恐怖に思われたんですよ。テレビを見すぎると知的障害になるといったことが言われていました。ですが、50年経った今どうなっているかと言うと、知的障害にはなっていないですよね? それどころか、最初は不安に思われていたテレビは、どの小学校にも設置され普及している。教育にも利用されているんです。
  ゲームの場合、テレビに比べればずっと新しいメディアなので、人類がゲームとの付き合い方を確立できていない。例えば、テレビは何時間以上見てはいけない、近くで見てはいけないといったように暗黙のルールが蓄積されてきて、私たちはテレビに支配されるのではなく、反対にテレビを使いこなす、そういう方法を身につけてきたと思います。しかし、ゲームに関してはそれだけのスキルを身につけていない。だから不安なんです。
  そこでゲームか勉強かの二者択一となった時に、ゲームするより勉強だね、といった親の価値観だけに依存した判断となり、ゲームが悪者になってしまう。このような状況でゲーム脳なんて言われると、子どもに勉強させる口実として、つまりゲームをさせない口実として「ゲーム脳になる」といった言説が広まるのは当然なんです。
  ただ先ほども言ったようにゲーム脳には全然根拠がない。それでもゲームのマイナスの側面として強調される。それに対してゲームのプラスの側面といえば、ゲームをやっていると集中力がつく…かもしれない、といった曖昧なものになってしまう。
  だからこそ科学的にゲームのプラスの側面を証明したい。これはゲームに対する付き合い方を人類が身につけるためだけではなく、産業界に貢献するところも大きいはずです。ゲームの良いところと悪いところを平等に見て、もしプラスの効果が大きいのならば、それを積極的に利用する。
  実は日本の場合、ゲームの研究は遅れてましたけれど、ゲームによるプラス効果の事例はたくさん蓄積されているんです。ですから、これまではバラバラに言われていたものをひとつにまとめる意味でも、シリアスゲームという考え方の枠組みは有効なのではないかと考えています。

「信長の野望」や「桃太郎電鉄」など、ファミコン時代よりゲームから学んだことは多い。馬場氏はこれらをひとつに、シリアスゲームという枠組みに収めて研究を進めたいと語る

ITmedia:スポーツゲームひとつを取ってもそうですよね。現実の試合を見ていても選手の名前を全員覚えるには時間が掛かりますが、ゲームなら数試合で覚えることができます。

馬場:ゲームでは、擬似的とは言え自分が参加していますから。さらに言えば野球とは何かも分かるようになる。単に観客として選手の名前を覚えるだけでなく、ルールや駆け引きが分かる。ゲームには知識を増やすだけでなく認識のレベルを掘り下げる効果があるんです。